詰将棋と次の一手

このところ専らオンラインゲームとサウンドノベル()で時間を食いつぶす毎日ですが、この前ちょっとした転機があって詰将棋のほうもまあまあ創ってます

その転機ってのは旧友に「久保はもう将棋やってないんか…」と言われてしまったことなのですが、思えば将棋をあまりやらなくなってしまったのは我ながら勿体無いことをしましたね

僕にももっと多くの選択肢があったかもしれないと思うと後悔せずにはいられないですね

まあいくら悔やんだところで全ては過去、終わったこと

いつまでも悔やんでいたところで何も始まらないのであまり気にしないことにしています


と、いきなりややセンチメンタルな話になってしまって恐縮なのですが、結局何が言いたかったかっていうと、最近ぼちぼち(詰)将棋やってますってことw

些か話が広がりすぎた気がしますが気にしないでください><


ところで、最近詰将棋を創っていてふと「なぜか次の一手は創ろうと思わないなー」って考えました
(実は一作だけネットで発表していますが)

で、突き詰めてみると、「多分『完成』させられないからじゃないか」って思ったんです


詰将棋は推敲を重ねることである程度の改善ができるし、その果てに一つの完成形を見ることができます

ですが、次の一手はいくら推敲してみたところで「もっといい形があるんじゃないか」って思ってしまうんですよね

そんなわけで、一作だけ発表した次の一手も、ただ構想を図化してみただけの大雑把な図そのものであり、妥協の結果

構想自体はまあまあ気に入ってはいても、作品としてはどうしてもあまり好きにはなれないんです

そこらへんのジレンマ(?)が次の一手をあまり創ろうと思わない原因なんだと思います

プロの先生のように棋力が凄まじい方はもっと別の考えを持っているんでしょうが…

僕の棋力では次の一手を「完成」に持っていくことは到底無理かな^^;

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